藤商会闘争の中での出会い


 学園祭に情宣をやろう。正門でビラを配ろう。マイク情宣もやる。これらは、普通の抗議行動です。ですが、普通と違うところがあるのです。この日は、通る人が多いでしょう、という事です。
 三鷹市大沢、国際基督教大学(ICU)の正門。正面の天文台通りを越えて植木場の繁み、北側は富士重工の工場敷地、南側は森、その先に三井グラウンド。そして、路線バスの終点を構内にもつ、大学の広さ。繁華街は遠く、街角の商店・飲食店からも離れ、幹線道路からも外れた、四方を緑に囲まれた正門の風景があります。普段は人通りも少ないのです。学園祭には人通りが、と期待されるのでした。
 当日、近所の人々は三々五々とやってきましたが、車での来園が多かったのです。正門に車が繋がると、窓越しにビラの配布をやりました。渋滞するほどの台数ではありません。やはり、長閑な正門でした。正門はロータリーになっていて、右側が進入車線、左側が退出車線、ときおり繋がる右側車線でした。その進入車線から外れ、正門から離れて、止まった車がありました。
私達に、声を掛けてきたのが星野さんでした。大学に隣接するICU高校の教員です。高校組合の組合員でもあります。以前から、私達の行動に関心を持っていたそうです。ですが、私達の情宣は、大学の教職員・学生に訴えるものですから、平日が多いのです。当然、ICU高校も授業中。敷地的には、大学と一体になっていますが、建物が別棟ですから、接触する機会が今までなかったのです。
 話を聞かせて下さいと言うのです。そう言われて、よく見れば、見覚えのある人なのです。そうです。私が、ここICUに、警備員として就労していたときに、会っているのです。

 星野さんは闘う教師です。闘うには、敵がいるわけですし、動機もあるでしょう。でも、敵を敵視せず、動機にも疑問をもつ、それでもって闘う。言葉は並べられても、実際にはどうするのか、具体的な説明は難しいのですが、伝達する方法はあります。星野さんが開いているホームページです(04年現在は閉鎖中)。
 要約する力量がないので、文章の断片を紹介します。


 キリスト教そのもので「勝負」出来ないキリスト教

 イエスの言葉でさえ、言葉が場面から自立し、「実体化」すれば「律法」になる

 「私は、ブッシュの言う『神』を信じない」と言ったキリスト者の話も聞かない

 今の中高年が昔語った、破産した“空しい理想”=平和共存の、無反省な繰り返し

 「キリスト教に少し関係のあるチョットいい話」のようなもの

 オチが用意されたマニュアル話なのである


 文章には前後があり、文が繋がって、文の意図が定められるのです。文・文節を、他人が勝手に並べていくと、本人の思惑とは無関係に、作為されたイメージが出来上がってしまいます。危険なことです。
 藤商会闘争の中で出会った人です。争議に、理解を示してくれる人でもあり、また、ICUの体質、ICUの現状を、真剣に受け止めている人でもあります。星野さんを通して、争議現場であるICUの触感・体臭を、皆さんに知って貰えたらと思います。
 

2002年11月14日