10・6日本出版クラブ会館で宮原社長に抗議!
 10月6日夕方、日本出版クラブ会館で販売店など取引先を招いて開かれた「学研ムックトリプルミリオンセラー感謝の集い」との名のパーティに対して抗議・情宣を展開しました。


             写真右=抗議の声を浴びて表情をこわばらせて会館に入る社長(カバンを持った人物)

 開会前に車で来た宮原社長は、会場前に横断幕設営、ゼッケンを付け登場した我々の姿を見てビックリ。抗議・団交要求を浴びせました。イベント参加者、会館利用者、通行人にもビラを配布。学研(宮原社長?)がやめさせるように言った様子で、会館職員がマイク情宣をやめるようにクレームを付けに出てきました。が、抗議の趣旨を伝えると納得したようで、すぐに引っ込みました
。館内に向けシュプレヒコールを上げ、行動を終了しました。
社長はカービーダンスで浮かれている場合ではなかったようですね。
学研の選択定年制導入に「待った」をかけよう!
社内では中高年をいびり出し、外で高齢者福祉(ココファン)を謳うとは?
 ていねんせい【定年制】 学研「学習百科事典」より
  一定の年齢(ねんれい)に達(たっ)すると退職(たいしょく)・退官(たいかん)する制度(せいど)。わが国の企業 (きぎょう)の約(やく)9割(わり)がこの制度(せいど)をもうけ,とくに大企業(きぎょう)ではほぼ全部がこの制度  (せいど)をとっている。かつて,大企業(きぎょう)のほとんどは55歳(さい)を定年としていたが,しだいに定年年  齢(ねんれい)が高くなって60歳以上(さいいじょう)の定年が大半をしめるようになってきた。
 今でも学研キッズネットで使われている事典の説明です。高齢化社会化と年金支給年齢の引き上げと絡んだ「65歳定年制へ」という流れの中で、「高齢者雇用安定法」も制定されました。しかし、学研は実質、「55歳定年制」と言ってよい「キャリアスタッフ制度」を来年1月1日から実施する、としています(7月1日、社達)。この夏から秋へ、制度導入をめぐって労組、従組との交渉が持たれていますが、労働者の納得もないまま導入が強行されそうな様相です。学研経営は臆面もなく、高齢者雇用安定法にもとづく「高齢者の雇用確保措置」の一環として導入するもの、などと言っています。しかし、55歳以降は1年ごとに契約更新する有期契約労働者となることが、不安定雇用への転換であることは間違いありません。「正当な理由のない雇い止めは行わない」などと言うのは、理由をつけて雇い止めができる、という意味でしかありません。そのために1年ごとの更新としているものであって、ほんとうに雇用を保障するのなら、65歳定年にすればよいはずです。高齢者雇用安定法の建前に反するものですが、厚生労働省が策定したこの法律自体がザル法だと受け止められているのも周知の事実です。劣悪な労働条件での60歳からの再雇用がまかり通ってきたのが実態です。
労働行政の「不備」の上に居座る企業・財界
 そして、厚生労働省は、「改正高年齢者雇用安定法Q&A」の中で、「Q:55歳の時点で、@従前と同等の労働条件で60歳定年で退職、A55歳以降の雇用形態を、65歳を上限とする1年更新の有期雇用契約に変更し、55歳以降の労働条件を変更した上で、最大65歳まで働き続ける、のいずれかを労働者本人の自由意思により選択するという制度を導入した場合、継続雇用制度を導入したということでよいのでしょうか。」
との設問をわざわざこしらえ、「A: 高年齢者が希望すれば、65歳まで安定した雇用が確保される仕組みであれば、継続雇用制度を導入していると解釈されるので差し支えありません・・・ 65歳(男性の年金支給開始年齢に合わせ男女とも同一の年齢)までは、高年齢者が希望すれば、原則として契約が更新されることが必要です。」とお墨付きを与えているのです。
 これをそのまま借用して学研経営は、今回の「選択定年制」の導入を図っているのです。既に、この厚労省の指導に乗っかり、日本IBMが導入しているのが、「シニアエキスパート」と呼ばれる新しい職種に基づく制度です。対象となるのは「係長相当職以上の資格で、高い能力と経験を持つ社員」とされ、55歳に達した時、現状のまま60歳の定年まで働くか、「シニアエキスパート」を選択し、最長65歳まで働くかを選択できるようにする。「シニアエキスパート」を選択すると、いったん定年扱いで退職し、単年度の再雇用契約を結ぶ。賃金は年金と合わせてほぼ退職前と同等の水準を確保する。ただし、単年度契約となるため、本来の定年の60歳前に契約が打ち切りとなることもある、となっています。IBMは「契約打ち切り」を堂々と表明していますが、学研も実態はそのように運用される恐れがいでしょう。「高年齢者が希望すれば、原則として契約が更新」との厚労省指導も退職強要などで空洞化させられてしまうものです。その他、東芝の55歳以降、子会社に転籍して働く選択肢を設けた定年制などがあります。 そうした労働者の不安定雇用化拡大の中で、日本IBMでは、08年に、「社内評価の下位15%」の社員=1000人に退職強要が行われるに至り、同社社員の一部で構成される労働組合JMIU日本アイビーエム支部との紛争となりました。東芝でも、会社と御用組合が一体で導入した55歳定年制に対し、「東芝府中働く者ネットワーク」が、「定年55才への切り下げ、第二に延長希望者の選別切り捨て、第三に55才以降の賃金収奪の強化、に抗議する」としてハンスト闘争を展開するなどに至っています。
 経団連はこの7月、政府が検討している法定定年年齢を65歳に引き上げる案に反対する提言を発表しました。現行の60歳定年を引き上げるには賃金制度や人事配置など解決すべき問題が多いとして、「定年引き上げの議論を行う状況にはない」としているものです。提言は激化する国際競争を背景に企業は雇用維持にすら苦慮していると強調。希望者全員を65歳まで雇用すると高齢労働者数が2017年には現行より約33万人増加し、将来を担う新卒採用を抑制せざるを得なくなるとの主張をしています。1995年の「新時代の日本的経営」を打ち出した日経連労問研報告以降、企業は「内部労働力」を絞り込み、リストラを激化させ、不安定雇用の拡大、格差・貧困の顕在化をひき起こしてきました。55歳定年制導入は、こうした動向の中で捉える必要があります。
 学研経営の今回の選択定年制は、08年に相次ぐ希望退職募集(年間3度)、本社移転、09年ホールディングス発足(分社化合理化)、10年末、社長交替=宮原新体制発足、という流れの中で打ち出されており、労働者使い捨て、雇用の不安定化と賃金抑制策の本質が明らかだと考えます。
パワハラ=退職強要事件が
          映し出している学研の現状

 今年2月〜4月はじめにかけ、学研の職場で、パワハラ=退職強要が執拗に行われ、鬱病に追い込まれて退職届けを提出させられた女性社員がありました。これは偶発的な事ではなく、現在の学研の職場状況を映し出しているものだったことがより明白になってきているだろうと思います。
 今回の選択定年制にどう向き合うのか、労働組合の力が試されていると言えます。就業規則の改訂、それが労働者への不利益変更であると実感しても、誰が声援し味方してくれるのか、裁判に持ち込んでも、「労働者の中に不利益が生じても、会社にとっての必要性があり、合理的な理由が存在すれば、就業規則の改訂は認められる」という不当な判断さえ出されてしまう状況があります。学研・ふじせ争議でも、下請け組合潰しを行った学研の使用者としての実態への立ち入った認定を避けて、使用者性を否定した判決・命令が学研経営を免罪する役割を果たしました。司法・労働行政のこうした現状も変えていかねばなりませんが、働く現場から、労働者が結び合って自らの力で、不当な処遇と闘っていくことが何より大切で、大きな力になります。それを企業の枠を超えた共闘へと発展させていくことで一層、社会的にも強い力を発揮させていくことができます。
 職場課題と争議を貫いて、私たちは学研関連の皆さんと共に闘って行きます。

9・26学研社前闘争を展開!  
 9月26日、秋季第1波の社前行動として、早朝からの学研本社前役員追及・抗議を行いました。7時40分頃に会社から宮原社長を迎えに出発した社長車(レクサス)はなかなか来ませんでした。8時40分頃に出社の木村常務や本間監査役に抗議・団交要求を行いました。宮原社長は、近くまで来て待機していたのか、9時を回って朝ビラ配布を終え、座り込み行動に移行する頃になって社屋裏手から回って来ました。車は角を曲がった社前で正面へ移動する我々の隊列の背後に出くわしました。バッチリとシュプレコールを社長車の周囲から浴びせ、逃亡をやめ、争議を解決するように迫りました。この後、10時までの社前座り込み、マイク情宣を打ち抜きました。

10・12秋季第2波の社前行動を闘う!
 10月12日にも早朝からの出社役員への抗議・団交要求を行いました。この日も木村常務、本間監査役に抗議を浴びせました。宮原社長は出社して来ませんでした。母親が亡くなって葬儀があったことが後日に判りました。
 宮原サンは、前任者たちから引き継いだ学研の争議責任に向き合って真摯に考えるべきです。このような日にも、争議を抱えて解決せぬまま、逃げ回っていている日常をくり返していてよいのかどうか、と。

10・15遠藤相談役へ横浜自宅闘争
 10月15日土曜日の午後、横浜弘明寺の遠藤洋一郎相談役自宅への抗議・申し入れ行動をふじせ労組とふじせ闘争支援共闘会議で行ないました。インターホン越しに夫人が応対、「社長を辞めたのでもう関係ないんじゃないでしょうか」等の答えに、「相談役として毎月、会社に来て報酬ももらっています。争議解決へ、適切な助言を行うのが相談役の役目です。」等で話しかけ、夫人がまた答えました。だが、途中で、遠藤相談役が横からスイッチを切らせた様子で応答が消えました。地域ビラとマイク情宣で、「10年の在籍期間中に争議を解決しなかった責任は消えていない。今は相談役で居直っていることで争議責任が一層重くなっている」等をアピールし、シュプレヒコールを浴びせ、抗議・申入書を投函して行動を終了しました。遠藤サンはもう来ないと思っていたようですが、それは甘いというほかありません。
 以下、遠藤相談役宛の 抗議・申入書 です。          
貴殿は、昨年12月22日の第65回定時株主総会をもって、株式会社学研ホールディングスの相談役に就任しました。しかし、この人事については、総会前に提出された質問書で、その位置づけにつき問い質されていたにもかかわらず、書面質問への回答の中では全く答えがありませんでした。さらに総会での複数の株主からの「位置づけ」「大義名分」を明らかにして欲しい、との質問に対しても、「その時代に応じた会社の課題がある」などという曖昧な返答に終始し、貴殿は明確な回答を一切行いませんでした。貴殿自身に求められた課題は何だったのか、それを果たせたのか、新しい課題は何であり、貴殿から次期社長へどう引き継がれようとしているのか、を明言すべきであったにもかかわらず、逃げてしまいました。その他、相談役の報酬についても「プライバイーに属することだから」などという愚かな回答が木村常務からされ、貴殿自身も答えませんでした。その姿勢については、一般の株主からも、「あなたの9年間の議事の進行というのは、それで通してきたんですよ。なぜ、話し合いを尽くす姿勢がないんですか?」と指弾されたのでした。
 貴殿の相談役就任については貴殿自身からも、会社からも説明責任が全うされておらず、「この人事は会社を私物化している」との声も上げられる中、強行されて1年近くが経過しました。当労組と支援共闘会議は、代表取締役社長に在任した約10年間、私たちと話し合いを持ち、争議を解決する機会は十分にあったにもかかわらず、それを行おうとせず、対決姿勢を維持し続けたことについて、貴殿は現在も責任を問われる立場にあることを改めて指摘し、抗議・申入れを行うものです。長期にわたる争議が現在も続いていることにつき、貴殿は重大な責任を負っていることを自覚し、元社長として、また相談役として争議解決へ尽力すべきです。
 一般に、相談役は、必要に応じて経営上または企業の運営上の重大な問題に関して助言を行う、という役割を負っています。宮原博昭氏が学研ホールディングスの代表取締役社長に就任してから、私たちは、団体交渉申入書を携えて、学研本社前にて経営陣と手交しようとしましたが、会社は受け取りを拒み、逃げ続ける姿勢を変えようとしていません。やむなく3月29日付けで書面を郵送しましたが、これにも未だ会社は回答をすることなく、争議解決のための話し合いを拒んでいます。争議解決を拒むこうした対応が続いていることにつき、上記の指摘どおり貴殿のこれまでの責任に加え、相談役として、経営上・企業の運営上の重大な問題である争議に関して為すべき助言を行わず、逆に会社の争議責任居直りを強行する方向へ不適切な助言を行っているものと考えざるを得ず、さらに新たな責任が生じているものと考えています。
 こうした誤った姿勢を改めて、争議解決へ向けた助言を行い、相談役としての職責を全うすること、また、そのために貴殿が私たちとの話し合いの場に出てくることを求めるものです。